560円のごちそう

荻窪駅の南口、階段を上がってすぐにある富士そばのミニカツ丼セットを「ごちそう」と呼んでいたのは3年前のボクだ。

だってそうだろう。しっかり味の染み込んだすこぶる美味しいカツ丼に、温かいかけそばが付くのだ。お腹いっぱいになって560円。

仲間とBARの開業にむかって走っていたボクの財布はつねにカツカツで、これにはずいぶん救われた。 

画像1

リラクゼーションのお店で一日10時間ほどはたらく。それを週6。合間でもらえる30分の休憩時間に富士そばへと駆けこむ。

おおよそ1年間はそんな生活だった。

辛くはなかった。ただがむしゃらだった。友だちと夢を追ってる時間が青春みたいで、お金はないし時間もないしカラダは毎日ボロボロになるんだけど、そんな日々が好きだった。

 

それから一年後、お店をオープンした。

たくさんの方からの協力を得て、応援されて、20代半ばにして古くからの友だちと一緒に、自分たちの秘密基地みたいなBARをつくる。

そんな映画でよくありそうな、夢みたいなことが、ほんとうに叶った。あのときの感情はいまでも忘れない。 

画像2

お店を運営していくなかで色々なことが起きた。

ずっと一緒にやってきたメンバーがやめたり、営業方法を模索してコロコロ変えたり、仲間が増えたり。

もともと飲食店なんてやったことなかったボクらは心身ともに疲れきっちゃって、「もうフードは持ち込み制で!ドリンクもセルフで作って!」

という暴挙に出たりもした。「働かない店員」が爆誕した瞬間だった。もちろん売り上げが激減して死んだ。それくらい冷静な判断ができない時期もあった。

だけど、楽しかったんだよな。ありきたりな言葉なんだけど、ひっくるめて全部が楽しかった。

カウンターで友だちと酒飲んで笑ってる時間が幸せで、アホみたいに飲んだ日も、遅くまで語った日も、嬉しくて泣いた日も、悔しくて泣いた日もあったな。

このお店がたくさんの人とのエピソードを作ってくれた。 

画像3

そんなお店を1ヶ月前に閉業した。今日がそのお店の引き渡し日だった。やっぱり寂しかった。

ボクらと同じようにここを愛してくれた人も多くいた。きっと、幸せなお店だったんだと思う。

解体工事を終えてガランとした店内を見て、思い出がフラッシュバックした。ひとつ大きなことが終わったんだな。今後の人生で、何度もこの光景を思い出すんだろうな。楽しかったよなって、笑いながら飲みてえな。

ありがとうございました。心の中で呟いた。

 

3年前と比べたら、ずいぶんと賢くなった。稼げるようにもなった。がんばらなくても結果が出るようになった。効率よくできるように考えるようになった。

がむしゃらに一点を見つめてたあの頃よりも、ただひたすらにがんばることしか知らなかったあの頃よりも、成長はした。視野も広くなった。引き出しも増えた。お金や時間の面で我慢をすることもなくなった。

でも、それでいいのだろうか。ずっとここ最近何かが引っかかっていた。 

画像4

ひさびさに富士そばを食べにいった。荻窪駅南口。560円の食券を買う。おじちゃんに食券を渡して「温かいそばで」と答える。

なつかしい。ここでそばを食べながら楽しい未来を想像したな。悔しい思いを消化したな。

 

食べ終えてお店を出た。やっぱりごちそうだった。よかった、なんも変わっちゃいなかった。お店も、俺も。

また、がんばろう。好きなことに熱中して、友だちと青春みたいなことして、たまに酒飲んで笑って、目の前のひとりと向き合って。

たとえダメだったとしても、何度でも生き直せばいい。失敗したら、ここに戻ってくればいい。

560円のごちそうを食べる日々は、案外悪くない。 

画像5

 

しみ
クリエイター
ふらふら旅暮らし。
映像と文章で生きています。
居心地のいい時間に浸るのが好き。
目の前のひとりを大切に。