絵:しようこ
文:しみ
旅人は目が覚めると薄暗い部屋の中にいた。
ギーコーギーコー
ゆっくりとしたリズムでゆりかごイスが揺れる。 暖炉のあたたかさに安堵感を覚える。
「おや? 起きたようじゃな」
弱々しい声が話しかけてきた。
「ここはどこです?」
「ちいさな島の、ちいさな山小屋じゃよ」
「ああ、そんなところに流れ着いてしまったのか」
荒波に飲み込まれたときの苦々しい記憶が蘇る。
「あなたはずっとここに?」
「そうじゃのう、ずっとここに住んでおる。今じゃあ年老いた島のおじいだが、昔はすごかったんじゃぞ」
「そうなんですね」
旅人は疲れた体を起こして話を聞いている。
「そうじゃ、来てくれた旅の土産に、この島の秘密を話してやろう」
「え、いいんですか?」
思わず前のめりになる。
「ああ。せっかくだからねえ。」
「あんたは、世界一ハッピーな夫婦を知っているかい?」
むかし、この島には対になるように二つの村があった。
まんなかには「星の丘」と呼ばれる広々とした丘があってな、
その両側にはちいさな二つの村が存在しておった。
地に根付いて、そばにあるものを大切にする人たちが住む「土の村」
風のようにふらふらと身軽に旅をする、自由な人たちが住む「風の村」
まるっきり文化のちがうこの二つの村には、ある男女が住んでおった。
ひとりは土の村出身。
慎重で、繊細で、地に根付きながらそこにくる人を大切にできる温かさをもった青年でな。
人のためならいくらでも動けるような人想いなやつじゃった。
ひとりは風の村出身。
自由で無邪気で奔放で、まるで子どものように感情のままに生きておってな。
好奇心だけを持ってふらふらと旅に出てしまうような子じゃった。
ちがう村に住む二人は、あるとき同じタイミングで星の丘にいき、
偶然にも出会うことになった。
「なんだこの自由なやつは…」
「ちょっとマジメすぎない…?」
はじめは育ってきた環境のちがいに戸惑ったものの、
男は女の自由奔放さに惹かれ、
女は男の誠実さに惹かれていった。
やがて二人は一緒になった。
「違うから、いいんだね」
夏の夜のこと。
満天の星空を眺めながら寄り添った。
そこからは波乱万丈の日々だった。
二人でいれば、なんでも楽しくて、小さなことでも笑いあえた。
ときにはケンカもした。
ぶつかることがこわくて、うまく伝えることができなくて、二人で泣いたりもした。
お花をあげて仲直りもした。
こんなに小さなことでもキャッキャと笑うキミが好きだった。
大変なことも、つらいことも、二人なら乗り越えられた。
やがて二人は島を旅立っていった。新しい人生のはじまりだ。
もう、二人なら大丈夫。
その後、だんだんと村は過疎化が進んでいき、誰もいなくなってしまって、
島にはわし一人が残った。
そしてある夜、ぼーっと星空を眺めながていたら、ひらめいたんじゃ。
「そうだ、星の丘に小屋を建てよう。」
わしはどうしても島にいたかった。
いつでも二人が帰ってこれるように。この場所を思い出せるように。
だから二人の思い出の場所に、こうして小屋を建てたんじゃ。
夜になれば満天の星空がひろがる。
どんなに離れていても、見上げれば星空が広がっていて、同じ星を眺めることができる。
まいにち幸せな気持ちで眠りにつくことができる。
それからというもの、不思議な現象が起こるようになった。
二人がどこかで楽しそうに笑うと、この丘には風が吹く。
まるで元気でいることを報告しにくるようにな。
だから、寂しくなんかないんじゃよ。
「これがこの島の秘密じゃ」
旅人が部屋を見渡すと、ある写真が飾ってあるのに気付いた。
「これ、おじいの家族ですか?」
「ああ、そうじゃ。わしの大切な家族じゃよ」
「じゃあ、この真ん中の人はお孫さん?」
「うむ。自慢の孫じゃ。名前もわしが付けたんじゃよ」
「そうなんですね。隣にいる女性も幸せそう」
おじいはニッコリと笑った。
その日はいつにも増して快晴で、カラッと乾いた土の匂いが心地よかった。
おじいはゆっくりと空を見上げる。
「お前たちなら大丈夫。そのまんま、どこまでもいくんじゃぞ」
ビュンビュンと島風が吹く。それはそれは疾く、そして自由に、島を吹き抜けていった。
「よう笑っておる」
fin.
しみ、しようこ より